がんばってきたあなたへ贈るトイアンナの「生きづらさ」診療所 132
著/トイアンナ
こんにちは、トイアンナです。愛があればほかに何もいらない。
そんな言葉を手放したのは、いつだったでしょうか。
どんなに好きでも、一緒にいれば疲れきってしまう相手がいる。
好きになった相手が既婚者だった。
愛する友人や親が反対する人を、好きになってしまった。
別れた相手を、いつまでも愛してしまっている。
そんな経験を通して「愛さえあれば」という気持ちだけではいられないことを学んでいくのでしょう。
けれど、愛することをやめなくてもいい
ですが、それは「愛するな」ということではありません。
たとえ好きになってはいけない相手でも、愛情を持てたのは幸せなこと。
誰かの幸せを願うだけで、心がぽっと温かくなる。
そんな思いを知っているからこそ、今でも「愛してしまって」いるんじゃないでしょうか。
結ばれることはないかもしれません。
占いの結果をみて「やっぱり」と落胆することもあるでしょう。
けれど、愛することはやめなくてもいいのです。
結ばれるために愛するとして、それは愛なのでしょうか
愛を与えることは、どんなやり方でもできます。
彼が去っていくのを認めること。奥様と過ごす時間も受け入れること。相手を傷つけるくらいならと、別れること。これらも、愛のしるしです。
もしそうではなく「何が何でも一緒にいたい」と、相手の気持ちを無視してでも思うなら……それは愛なのでしょうか?
彼へ執着するあまり、結ばれることだけを考えていませんか。
たとえば口では「お前が一番だ」「もう別れてもいい」という彼は、それを本気で望んでいるのでしょうか。
あなたはもう、彼の気持ちに気づいているのではないでしょうか。
結ばれなくても、愛する人
愛しても、結ばれないかもしれません。それどころか、愛を返してすらもらえないかもしれません。
それでも愛する気持ちをもらえたということに、感謝できたら。
きっとあなたはその愛を手放しても、強く生きていいけます。
結ばれるはず、という期待を抱いて、いざ叶わなかったら彼を恨む。
それは愛情というよりも、「あわよくば」を狙った欲望でしょう。
もし彼が、あなたと一緒になるとほのめかしたなら、彼にも罪はあります。
そのうえで、彼を恨むか、愛するか決めてよいのです。
恨むなとは言いません。恨んだっていいんです。
ただ、それを愛情という言葉で飾るのはやめておきましょう。
結ばれたいというのは、あくまであなたの欲望なのですから。
トイアンナとは?
人気コラムニスト, ライター。ブログ『トイアンナのぐだぐだ』をはじめ、人の生きざまを分析する文章でファンを獲得し月間50万PVを記録。
http://toianna.hatenablog.com/
コメント